白倉敬彦著 『江戸の吉原 遊び郭』 株式会社学習研究社
「艶色真似ゑもん 初めての出会い」
初めての客が三蒲団の上でぎこちなく遊女に話しかけている。
気まずい雰囲気になりそうなところで遊女が吸いつけ煙管に火をつける。
「間(ま)」が大切!
話を聞いたから聞いた人が納得したり、聞いたことに基づいて行動に移すとは限らない。話を聞いた相手に何らかの行動を期待するためには、単に、話をするというだけでは十分ではない。
職場で上司に何かを報告するとき、部下に何かを指示するときに、どんな伝え方をしているのだろうか。一方的にしゃべって空回りをしていないだろうか。伝えたいことを一方的に話しても、相手にはうまく伝わらない。むしろ、相手の理解を確認しながら、ゆっくりと伝えるように話したほうが、結果的に効率的なコミュニケーションがとれるものである。
短い時間の中で伝わりやすくするには、テクニックが必要である。まず、声のトーンを落ち着かせること。高すぎず、低すぎず、やや低めのトーンで話し始めるだけでも、伝達力は違ってくる。また、話し始める前にひと呼吸、「間」をとることも大切である。
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丹田に意識を集中させ、そこに空気をためてから話しを始めてみる。上司などの前に行ったら、深くお辞儀をする。そのときに空気を腹にためて、ひと呼吸置いてみる。「間」ができ、上司はこちらの話を聞こうという態勢を整えることができる。
ひと呼吸置いてから、相手の目を見れば、何も話さなくてもかなりのニュアンスが相手に伝わる。そのうえで、ゆっくりとした口調で手短に話せば、かなりの内容を理解してもらえるだろう。
所用から帰ってくるなり、いきなり上司のところへ行って、「こうこうで、こうなりました」と説明しても、相子の側には受け入れる準備がまったくできていない。たとえ回り道のようでも、ひと呼吸入れて「間」をつくったほうが、相子に受け入れる準備をさせることができ、短い説明で理解してもらえることになる。
また、「一瞬の沈黙」は、聴き手の注目を引き付ける効果がある。歌舞伎の『忠臣蔵』で斧定九郎が与一兵衛を殺害して、財布を奪い取り、封印したままで、中の金額を勘定する場面がある。
歌舞伎役者は、「・・・・・四十五両、四十六両、四十七両、四十八両、四十九両」と口の中でブツブツ数え、最後の五十両だけを口から吐き出す。この間、観衆はしだいに静かになり「五十両」と声を出すときは、咳一つ聞こえない静けさになっている。
このときの凄みのある声で「五十両!」と口から吐き出すとので観客をハッとさせる効果がある。
この「一瞬の沈黙の効用」を生かしたいものである。急がば回れ、「間」の効果は大である。
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「ガマの油売り口上」は、本来はガマの油を売るため刀を使った派手な演技を伴う、今で言うところの「プレゼンテーション」だった。そこには合目的的に、より効率的に行うための基本的技術が必要である。
プレゼンテーションの基本的技術を習得し、それをベースに各人のパーソナリティやノウハウを積み重ねていくと よりよい口上の演技ができる。
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漢和辞典(旺文社「漢和辞典改定新版」大活字版)によると「間」は、下記の通り色々ある。
これを見ると人間関係を律する上では、空間的、時間的、心理的な「間」のとり方が大切であることが分かる。
口上演技における「間」
間がいい
都合がいい。時機が合っている。運がいい。 その反対が「間が悪い」
●聴き手に本物の口上を分かっていただくという心があれば、いつでも、どこでも都合がいいはずである。お立会いに自己顕示をするのか、ガマの油売り 口上を “提供” するのかという違いで「間がいい」となったり、悪いかったりする。要は、”自己中” の心を排すればいいのだ。
間が抜ける
①音楽で、リズムやテンポ、タイミングなどが狂う。
②大事なところに、落ちがある。
●ガマの油売り口上を演じていながら、いつしか口上に関係ない話題をしゃべり悦になると、お立会いはうんざり、退屈感を覚える。おかしなアドリブ、“脱線”は不要である。
間が伸びる
しまりが無い。緊張感に欠ける。
●間延びしたガマ口上の演技をしていると、お立会いは一人二人とその場を去っていく。メリハリある演技をするためには、所要時間15分から16分で程度で口上を演じるとちょうどいいようだ。
間が持てない
①あいた時間にすることが無く、退屈でどうしたらよいか分からない。
②気づまりな相手だったり、話題に窮したりして、どうやって一緒にすごしたらいいか分からない。
●一般的に言って、口上を演ずる場合、口上を覚えていれば「間が持てない」ということはない。口上を覚えて人前で演技する初期段階では、あがったり、満足に覚えていないため言葉が出てこないことがあるが、しばらくして慣れてなれてくると、聴き手の受けを狙った意味が無いアドリブを加えたり、脱線することがある。これは厳に注意しなければならない。
●万が一。次の言葉が思い出せない場合には、「別嬪さん(お立会い)がジーと見つめるから、あがっちゃーったぁ。何を言うか忘れちゃったーよ!」とか言いつつ思い出すか、省略して次に進むのも便法である。要は、しっかり口上を覚え、繰り返し繰り返し練習することが大事である。
なんとなく恥ずかしい。決まりが悪い。巡り会わせが悪い。運が悪い。
●気取ったり、いいところを見せようなどという、へんな下心があるから「間が悪い」となる。お立会いに、本物のガマの油売り口上を分かって頂くという気持ちがあれば、「間が悪い」ということはない。「心」が伝わるように誠意をもって演じればいいのだ。
間口を広げる
仕事や研究などについて、そのかかわる分野・領域を広げる。
●ガマの油、口上の演技、筑波山や神社、伝承芸能はもとより、これらに関連する諸々のことについて常日頃、勉強し、血ととなり肉となることが大事である。
●18代、19代名人の口上演技は、聴き手に、“これが本物の口上だ”と納得させるものがある。18代は教職を勤め上げた人、19代は60年以上も老舗旅館の女将としてやってきた人である。
老舗旅館のお女将は、マニュアルを見なくて臨機応変、どのようなお客様にも喜んでいただけるような応対が自然とできる。もてなしの”心”を伝えることができる。
2人の口上演技には、人生を精一杯生きてこられたという経験や自信などが“隠れ味”となっている。これが、見る人に感銘を覚えさせるのであろう。 口上は”人”を表すもの、”心”を伝えるものである。
間を置く
時間を隔てる。また、間隔をあける。
間を持たす
次のことに移るまでの間、手もちぶたさで やりきれないといった状態にならないようにすること。会話が途切れたときなどに、何か話題を持ち出して、その場を退屈にさせないようにすること。
●間をおきすぎて、スローテンポな口上は退屈感を覚える。適度な「間」を保つためには、お立会いとの共感作りのため目線(アイコンタクト)に心がけること。これによってお立会いをひきつけ、その反応を探り、また何かを伝えることが出来る。
また、手、体などの表現などによって自分の考え方を豊かに伝えることが可能になる。上下左右、大小、長短、ものの大小、数や量をゼスチャーで表現し、緩急、軽重、長短などを工夫すればよい。
間を合わせる
音曲に合わせて拍子をとる。間に合わせに、その場に調子を合わせたことを言う。
●口上を聞くため集まってきた人数はどのくらいか、その人たちは神社にお参りに来た人か、観光客か、登山客か、老若男女どのような年代か、聴き手は千差万別である。
季節は春夏秋冬いつごろか、天気は暑いか寒いか、晴れか曇天か、風があるのか無いのか、強い風かそよ風か、何もかもが千差万別である。
●その日、その場の環境に合わせて口上を演ずるためには、常に“本物の口上はこれです”という原点に立ち、聴き手の心の動きをよく観察しながら、緩急・軽重、長短よろしく按配し口上を演ずることに心がけるべきであろう。
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「蝦蟇は日夜鳴けども人聴かず」
ガマガエルは日夜やかましく鳴くけれども、これを聴いて楽しむ人はいない。おしゃべりは世渡りに益はないように、ガマの口上を演技する時も、言わなくてもいいアドリブを排し、「間」をわきまえることが大事である。
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付かず離れず程よい距離を保つ Image may be NSFW.
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藤原千恵子編 『図説 江戸っ子のたしなみ』 河出書房新社
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