第70回筑波山ガマまつり・筑波山がまレース2018(8月11日)開催
2018年08月11日(土)、第70回筑波山ガマまつり、筑波山がまレース2018が開催された。午前9時から筑波山神社随神門脇で神事が行われ、池にガマガエルが放された。 11時から今年で5回目になる“筑波山ガマレース”、通称“TGR(Mt。Tsukuba Gama Race)”が開催され、老若男女の約800名がガマの被り物をかぶり、筑波山神社門前通りを一斉に駆け抜けた。...
View Article8月18日 筑波山神社の風景 爽やかな日、訪れるひとは少なかった
8月18日(土)数日前の猛暑から一転、爽やかな秋のような日であった。午前8時頃には筑波山神社の駐車場はほぼ満車だったが下山した登山客の車が一台、また一台と駐車場を出て行った。 日中は、筑波山神社を訪れる人は少なく静かだった。 1 2 3 4 6 7
View Article筑波山伝承「ガマの油売り口上」の誕生
筑波山伝承「ガマの油売り口上」 戦後 筑波の町おこし、観光業振興の目玉として復活した。 筑波山ガマ口上の誕生 1737(元文2)年、常陸国筑波郡永井村(旧新治郡新治村大字永井の農家に平助という者が生まれる。平助9歳の頃、永井村の普門院の雑役に雇われる。...
View Article第十八代永井兵助の「筑波山ガマの油売り口上」
ガマの油売り口上は、浅草観音境内奥山で居合抜きの辻売り芸で知られた長井兵助の口上を、同じく独楽廻しの曲芸をやっていた松井源水が受け継いだとされる。十六代源水の弟子が伝える口上は、古典落語と大きな違いはない。...
View Articleガマの油売り口上、インパクトが強い“接近戦”、直談判が人を動かす
インパクトが強い“接近戦” インパクトが強い“接近戦”、直談判が人を動かす がまの油売り口上の実演に力が入るか否かは、観客の多寡やその反応に、多分に影響を受ける。ゴールデンウイークや秋の行楽シーズンなど老若男女、家族連れなど多くの人で賑わうときの実演は、観客の熱いまなざしに応え演技に力が入る。...
View Article8月25日 筑波山神社の風景 訪れ人少なく静かだった
8月25日(土)、つくば市内で「まつりつくば」が開催されているので、つくば市とその近郊の人は筑波山より「まつりつくば」にでかけたのであろう、筑波山にやってくる人が少なかった。それでも快晴で暑い日差しの下、数組の登山客が山頂を目指して登って行った。 1 午前8時頃、普段は「満車」に近いが、今日は「空車」 2 これから登る人 3 4 5 日陰で休憩する人 6 7
View Article神仏分離と筑波山の廃仏毀釈
明治期以前の廃仏運動 仏教が日本に伝来した当初は物部氏が中心となった豪族などによる迫害が行われたが、仏教が浸透していくことによってこのような動きは見られなくなった。戦国時代および安土桃山時代では、小西行長などキリシタン大名が支配した地域で、神社・仏閣などが焼き払われた。...
View Article9月8日 筑波山神社の風景 つかの間の晴れ間、登山客が多かった
9月8日(土)、 台風が去ったと思いきや来週も雨天の予報、つかの間の晴れ間を惜しむかのように筑波山に登る団体が目に付いた。この日は大安のため結婚式が3組あり境内は多くの人でぎわっていた。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
View Articleつくば市 普門寺、賊徒と言われた「田中愿蔵隊陣営の跡」の碑
天狗党行動の概要 天狗党が筑波挙兵したのは元治元年2月27日(旧歴)だった。(石岡市)金丸町の鈴宮稲荷の境内に勢捕いをし出発した。筑波山に立て篭もって両3日の後日光へ出発し、一度戻って栃木の大平山に移り、再び筑波山へ戻って来たが、6月の末には幕府の追討軍が続々到着、筑波を包囲した。...
View Article江戸時代 水戸藩は百姓一揆に強硬な姿勢で臨み刑は過酷であった
百姓一揆 (平凡社『世界大百科事典 18』(初版) “水戸黄門”さんの水戸藩は農民に厳しかった 〔久慈郡生瀬村と多賀郡金沢村の一揆〕 ふだんは何事もごもっともと聞いている一見卑屈なような農民が、自分たちの生活を守るため、支配者に抗して立ち上がるのが、一揆である。最も古いものは,慶長14(1609)年の久慈郡...
View Article筑波山参詣と登山
筑波山参詣と登山〔庶民の社寺参詣〕 江尸時代になり、民衆の上昇や交通環境の整備により庶民の社寺参詣が急増した。旅の苦痛がなくなり、安易にできるようになると、信仰より遊楽・観光化が進んだ。これが門前町を一層発展させる要因となった。...
View Article9月23日 筑波山神社の風景 大勢の登山客が訪れた
3連休の中日で好天に恵まれたため朝早くから大勢の登山客が訪れていた。午前7時30分の時点で、筑波山神社の駐車場はほぼ満車であった。午前は雲が多かったが昼ころから晴れ間が広がり、神社に向かう道路は渋滞で1時間待ちの状況であった。 1 午前7時30分頃、撮影地点の右側の広場も満車 2 3 4 5 6 7 婚礼がないにもかかわらずここが満車になるのは珍しい 8...
View Article筑波山の急傾斜地崩壊危険箇所
筑波山は“火山”ではないから安全な山 筑波山は高い山ではないが古くから「西の富士、東の筑波」 と言われ1200年前に作られた万葉集にも数多く詠み込まれている。西側の男体山(871m)と東側の女体山(877m)の二つの峰から成り立ち、その姿の美しさから紫峰とも呼ばれ日本百名山のひとつに数えられている。 火山ではないから噴火しないが、岩石でできた山なので土石流が発生した過去がある。 〔山頂の斑レイ岩〕...
View Article10月7日 筑波山神社の風景 連休の中日で快晴、登山客が多かった
10月7日(日)、3連休の中日、好天に恵まれたため朝早くから大勢の登山客が訪れていた。午前7時30分の時点で筑波山神社の駐車場はほぼ満車であった。昼ころには大鳥居から神社に向かう道路は渋滞で1時間待ちの状況であった。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
View Article10月13日 筑波山神社の風景 寒い日の登山とカエデの葉
10月13日(土) 気温低く風も冷たかったので汗を流さず登れるような天候だった。ケーブルカー宮脇駅周辺のカエデの葉は赤みを帯びている。一見 ”紅葉” のように見えるが近づいて見ると枯れている。台風、豪雨の影響であろうか 数年前に見た色鮮やかな紅葉は期待出来そうもない。 1 2 3 4 5 6 7 8
View Article10月20日、筑波山神社の風景、好天に恵まれ多くの人で賑わっていた
筑波山神社の風景 10月20日(土)快晴 北の風が少し吹いていたが好天に恵まれたため山に登る人や、七五三詣での家族連れや婚礼が3組あったので境内は多くの人でにぎやかであった。 今年は6月以降、つい最近まで例年にない酷暑と記録的な豪雨の日が多かったため筑波山登山や参拝に訪れた人が少なかった。...
View Article筑波山神社の風景 10月28日(日) 多数の登山客、中国人も多かった
筑波山神社の風景 10月28日(日) 好天に恵まれ多区の登山客が来ていた。安倍首相の訪中、日中"友好"の故か中国人が普段より多く来ていた。話せる中国語は”ライライ”、”ニーハオ”、”シエシエ”の3つだけだと言ったら、それだけ言えればベリーグッドと笑っていた。...
View Article筑波山神社の風景 11月4日(日)カエデの葉が大分赤くなってきた
11月4日(土)、筑波山神社の風景。 朝から曇り空であったが多くの登山客が訪れていた。筑波山ケーブルカー宮脇駅周辺のカエデの葉が大分赤くなってきた。 1 2 3 4 5 6 7 8 10 11 12 14 15 16 17 18
View Article11月11日(日)筑波山神社の風景 カエデが赤くなってきた
11月11日(日)筑波山神社の風景 朝早くから大勢の登山客や七五三を祝う家族連れが訪れれいた。午前7時20分、筑波山神社の駐車場に到着したがほぼ満車状態、数台分の駐車スペースが残っていた。今月中旬から月末にかけては更に多くの観光客が訪れることだろう。ケーブルカー宮脇駅周辺のカエデの葉が大分赤くなってきた。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13...
View Article筑波山神社の風景 11月17日(土)今日も登山客が多かった
11月17日(土)筑波山神社の風景 快晴、風もなく温かな行楽日和、カエデの葉も大分赤くなってきた。昨日・16日に続き今日も多くの観光客が訪れていた。七五三を祝う家族ずれや挙式が2組あり神社境内は賑わっていた。...
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